METAL RYCHE m-2316

METAL RYCHE鋼鉄帝国として20年ほど前から やっていたホームページから転進しました。 「鋼の旋律」は主に音楽関係について。 ジャンルは軽音楽なので気楽に読んでくれ。 「鋼鉄の言霊」は社会一般に対する我が闘争。 我が妄想に近いが、我が早漏よりもましであろう。まあ、これも気楽に読んでくれ。 「銀河のスクラップ」は本や映画の感想など人生のスパイスだな。たまに塩味がきついが気軽に読んでくれたまえ諸君。

維新の肖像/安部龍太郎(角川文庫)

 同じ作家で以前読んだ2冊が殊の外面白かったので読んでみた。以前読んだ2冊はいずれも従来の歴史小説とは変わった視点が新鮮で面白かった。結論から言えばこの作品は今一つ面白くなかった。それは善悪をはっきり付けたからだと思う。前に読んだ2作は従来は悪人、脇役的な人物を新鮮な視点から魅力的な新しい思考を持った人物として描いた。しかしだからといって従来の主役を悪と断じるまでの書き方はしていなかった。
 この作品は明治維新を徳川方である奥羽越列藩同盟側から見た視点でかなり明治政府に対して批判的な描き方をしている。まず薩長を中心とする官軍は本当に官軍なのかと疑問を呈する。特に長州藩孝明天皇暗殺の実行犯と断定している。その他にも非常に後ろめたい現代で言うところの謀略・テロを行って政権を転覆して起きながら証拠隠滅に成功した彼ら新政府がそんなに素晴らしい物なのか、そしてそのような新政権だったからこそ、その後継者達は謀略によって日中戦争を引き起こしたにも係わらず正しめ当化に成功したのだ、というのが大筋だ。俺はこの考えに諸手を挙げて賛成するほどパヨクでもないしアベガーでもない(笑)。明治維新と太平洋戦争は微妙に繋がっているものの、また別の問題と俺には思える。そういう歴史のつながりはつなげようと思えばどこまでもいける。明治政府は言うまでも無く薩長が中心になって作られている。薩摩藩鎌倉時代から続く藩主の命令絶対服従の超超ブラック体質と関ヶ原の恨みを250年間引きずった陰湿極まりない毛利藩の体質が合体した中央集権主義である。これがまともなはずは無い(笑)。加えて言えば本作主人公の側である徳川幕府にしても関ヶ原の裏話は山ほどある。それで成立した徳川幕府が正しいとか悪いとかは別問題。確かに長州藩にとっては悪だろう。だがその長州藩だって元を質せば吉田郡の一領主が天才的軍略でわずか一代で中国八カ国を領有するまでになった典型的な成り上がりだ。その間の謀略は大河ドラマで好評を得るほどではないか。


 明治維新の功労者と呼ばれる人達はほとんどが明治10年までに亡くなっている。如何に彼らの派閥争いが酷かったかよくわかる。しかしそれでも彼らは西欧列強からの脅威に立ち向かわねばならないという使命感だけは本物だったと信じたい。むしろ国とか藩、お殿様に全てを捧げてご意見無用という体質は江戸時代に熟成された物であり、これが全ての原因であると考えれば明治の元勲達がそこまで悪いとは思えない。準主人公である朝河正澄も終始武士の面目にこだわっておりそれが正しいという姿勢は、現在のポリコレにも一種通じる物がある。
というわけでグレーゾーン=寛容の精神こそ一番大事だと思わされた作品でした。