レイナードスキナードの”フリーバード”やメタリカ”ワン”は後半いきなりグォーーーと盛り上がって終わる。この作品はそんな曲と同じで前半はジワジワと読ませて最後半部分が一気に盛り上がる。後半部一晩一気読みしてしまった。
物語は主人公である歴史雑誌の冴えない編集者、菅原誠一が新しい企画として八甲田山雪中行軍遭難事件を取り上げるところから始まる。この菅原の境遇が俺自身の現在とかぶるところがあったので、わりと深刻な気持ちで読み始めた。前半は遭難事件を再検証する過程が描かれる。新事実など無いように思われたが、参加した兵士に衣服や装備を軽装にする命令を発見する。なぜ雪中行軍なのにこんな軽装をするような命令が出されるのか?まさか日本軍はこの雪中行軍で人間が極寒の中でどの様な状態になり、凍傷などの症状が出るのかを検証する、つまり人体実験をやったのではないか・・・という疑問が湧いてくる。当時の日本はロシアとの関係が非常に緊迫しており日露戦争はこの遭難事件の翌年である。あり得ない話では無い。しかし118年前の出来事だ。資料はかなり残ってはいるものの、あくまで推測の域を出ない。が、菅原は職業的嗅覚から犠牲者の人数が一人足りないことに何かを嗅ぎつける。この作品における菅原の検証過程は作者の資料検証過程でもあろうから作品の製作課程を垣間見るようでもある。作者はこの一人足りない事にイマジネーションを膨らませたわけだ。
突然、第三章から雪中行軍の描写が始まる。猛吹雪の中に叩き込まれた兵士達の如く心の中がホワイトアウトして一人足りない兵士である稲田庸三が出てくる。ここから一気に盛り上がっていく。
☆ここからネタバレありです☆
稲田は山口少佐の従卒であった。従卒は将校の身の回りの世話をするのが役目で何があっても将校のそばにいるのが義務だった。山口少佐はこの雪中行軍が人体実験である事を命令されていた。その事を山口少佐は死ぬ間際(結局救出されるのだが救出後死亡)に稲田へ、生きてこの事を後世に伝えろと、託す。兵士としての義務感に支えられた稲田は必死に脱出を図る。そしてとうとう村にたどり着く。彼は残してきた仲間達の救出を地元民に必死に訴える。しかし地元民は救出に行けば自分達の身が危ないことがわかっていた。故に稲田を殺したのだ。その事実は軍にさえ、ばれないように118年も隠蔽されてきたのだ。それを気づいた主人公に迫る・・・
あっーーーーースリリングすぎる!!!
囚われの山というタイトルは、連隊が八甲田山に、はまり込んだ=囚われた状態を指しているが、何かに囚われ続ける人生の隠喩でもある。ラストのサプライズから、主人公の将来が不幸、幸福のどちらを予感するかは読む人が囚われている境遇によって違うかもしれない。