今でも海運は日本の物流を支えているが江戸時代までの瀬戸内海海運は日本そのものを支えていたと言っても過言ではあるまい。当時の和船は風と潮が動力なので、具合が良くなるのを待つための港があった。明治維新の頃に新しい航法と風と潮を待たなくて良い西洋式船舶が出てくるといくつかの港町は衰退していく。物語はそんな変わりゆく時代の中、潮待ち港の一つ、笠岡の港町が舞台。作者は「男たちの船出」で笠岡市沖の塩飽諸島の熱い船大工たちを描いたが、これとは全く対照的な志鶴という女性が主人公の六話短編のいわゆる世話物。幼い頃に船宿に引き取られた志鶴は女主人、伊都に育てられる。機転の効く利発な少女となった志鶴が巻き込まれる最初の事件は宿に泊まっている怪しげな男。女主人伊都に心を寄せている町年寄の佐吉は心配して宿に頻繁に出入りして男の動きを監視するが・・・。動きのある一篇から始まるが、いずれも心にほのぼのとくる六篇の連作だ。熱く燃える男達を描く作品が多い伊東氏の異色作。