METAL RYCHE m-2316

METAL RYCHE鋼鉄帝国として20年ほど前から やっていたホームページから転進しました。 「鋼の旋律」は主に音楽関係について。 ジャンルは軽音楽なので気楽に読んでくれ。 「鋼鉄の言霊」は社会一般に対する我が闘争。 我が妄想に近いが、我が早漏よりもましであろう。まあ、これも気楽に読んでくれ。 「銀河のスクラップ」は本や映画の感想など人生のスパイスだな。たまに塩味がきついが気軽に読んでくれたまえ諸君。

オジーオズボーン/オーディネリーマン

  レコード帯が盛んな時代なら「オジー引退!普通の人間になりたい」とでも書かれただろうか。

 オジーは今回引退宣言したわけでは無い。
しかしこれは実質ラストアルバムと言えるのではないか。そういう雰囲気にあふれている。歌詞を読めば今までに無いような人間くさい言葉が並ぶ。そして作曲陣はオジーの最後を飾るべく出来の良い曲が作った。これだけ完成度が高いアルバムはそうそう滅多に作れないと思う。
アルバムの印象が最初の引退から”復帰作”であるオズモシスによく似ているのは何の因果か。楽曲がバラエティに富んでいてメタルらしくない楽曲もかなりある事が共通しているからだろうか。
 オジーは数々のエキセントリックなエピソードと共にヘヴィメタルの権化と思われているが、彼自身はビートルズが大好きで毎日聴く事を欠かしたことが無いそうだ。どのアルバムにも必ずポップな要素があるが、ポップで普遍的なロックが彼の基本にあるのだろう。このアルバムではポップさの一要素として今時の要素も取り入れたことで(ポストマローンですか、わしゃしらんけど)現役感がでて、惜しまれて去って行きます感をも演出している。
だからといってこのアルバムがメタルの要素を失っているかというと全くそんな事は無い。無理しない範囲内での速い曲もありヘヴィさでも正しくメタルである。最早ライブでの再現を考えなくてよいから(ライブはベストヒット選曲で全く問題無いので)エフェクトを多用して実にセンス良く曲を盛り上げている。
おそらくヴォーカルも今時の技術でかなり補正したと思われるがそれがなんだというのだ。それぐらいの魅力と説得力がこの声にはある。
 アルバム発表後、北米ツアー中止が発表されたと思ったら、次のアルバムを作りたいと発言するなど多少混乱気味なオジーだが、普通の人間に戻っていつまでゆっくり出来るのか、いやいやシャロンがゆっくりさせてくれないのではないか。