乞食という言葉がダメで再版不可能な作品と知って探すこと約10年あまり、ついに古本を入手。探した甲斐がありました。心に染みる名作であります。
後藤又兵衛は大阪夏の陣での奮戦がつとに有名で近年大河ドラマでも扱われるようになり知名度が上がっている戦国武将。初代黒田藩主黒田長政とは主従関係でありながら幼なじみで先輩。その辺りが長政にとって煙たかったのか次第に不仲になっていきます。長政の父であり又兵衛の旧主である黒田如水が又兵衛を目をかけていたことも不仲の原因とも言われる。大抵の戦国武将が関ヶ原以降の時代、なんとか生き残ろうと自分の節を曲げて生き残りを図る中、又兵衛は全てを捨てて浪人になると言うおよそ凡人には出来ない行動を取りますが、この名将を周りが放っておくはずが無く大阪方に加わって果てる。多くの人が描くイメージとしては豪放磊落だが知的理解力があって着いていきますと言いたくなる理想の上司アンケート1位に来そうな武将です。
そういう又兵衛のイメージを最も強く感じさせる作品がこの作品だと思われます。黒田家出奔を詳しく描いているが出奔の理由は戦国時代が終わった今、武将としての自分の役割は終わった、だから全てを投げ捨てるという単純にして明快な事。しかし諸藩を渡り歩く中で、家族や部下達に気を遣うなど全くの無計画でもなく、士官の話が出る度にまんざらでも無い態度を見せたりと心の葛藤具合の描き方がなんとも味があります。旧主黒田如水も戦い時代の終焉をすぐに悟り生き方を変えた。だが彼には投げ捨てたりはしなかった。むしろ黒田家の存続のために尽力して一生を終える。又兵衛の出奔も黒田家や長政の将来を思っての行動と読めなくも無い。長政よ自分を本気で殺しに来いと願う描写は両者の浅からぬ複雑な関係を強く感じさせる。ただ結果的に彼は最後まで武将だった。全てを捨てたにもかかわらず最後は大阪の陣に参戦して奮戦空しく果てていく。
多くの人が期待する(私もそうだった)大阪の陣はわずか数行で終わる。超高速関ヶ原よりも70年あまり早く超高速大阪の陣があったわけだ(笑)。この超高速関ヶ原になったのには大きな理由がある。この小説が書かれたのは昭和20年太平洋戦争終戦の年だ。全てを捨てた又兵衛の姿は終戦で全てを失った日本国民の姿とだぶる。長政と又兵衛の関係は旧体制の日本と当時の日本人との関係とも取れる。だからこそ大阪の陣で再び戦う又兵衛はあえて描かない。戦いは終わったのだと諭したいから。
書かないが日本人の気持ちは十分代弁できている。作品を読み終わったときに感じる清々しさに勇気づけられて前を向いた日本人は多いだろう。大佛次郎氏の作品はほとんど絶版で読めない。氏の名前を掲げる作品賞があるくらいなのに肝心の作品が絶版とはいかがな物だろう。
この作品を読んでみて他の作品も読んでみたくなっている。