METAL RYCHE m-2316

METAL RYCHE鋼鉄帝国として20年ほど前から やっていたホームページから転進しました。 「鋼の旋律」は主に音楽関係について。 ジャンルは軽音楽なので気楽に読んでくれ。 「鋼鉄の言霊」は社会一般に対する我が闘争。 我が妄想に近いが、我が早漏よりもましであろう。まあ、これも気楽に読んでくれ。 「銀河のスクラップ」は本や映画の感想など人生のスパイスだな。たまに塩味がきついが気軽に読んでくれたまえ諸君。

深海の使者/吉村昭(文春文庫)

 太平洋戦争中、日本はドイツと交流を行うべく潜水艦を派遣する。その潜水艦の苦闘の物語・・・と思って読み始めると1隻目が苦闘の末に70ページほどで行って帰ってきた(笑)。ドイツに派遣された潜水艦は他に数隻あり更にドイツから派遣された潜水艦もある。この他は潜水艦も含めて大戦中の独・伊と日本間の交流をまとめたドキュメンタリーであった。第二次大戦で同盟国であった日本とドイツ・イタリアは連合軍側が自由に行き来が出来たのとは対照的に交流が非常に難しかった。何とか交流しようと日独両国が考えたのが潜水艦による交流だった。大戦初期は日独共に制海権も制空権も広いとは言え3万キロに及ぶ大航海。しかも現代でも難所として恐れられる喜望峰沖が中間地点にある。 困難を乗り越えて1隻目は何とかシンガポールまで帰ってくるが自軍の機雷で沈没してしまう。潜水艦の物語って苦難を乗り越えてやっと助かったと思ったらあっさり沈んでしまうというのがやたら多い。潜水艦だけで無く飛行機による派遣についても描かれており、なんとイタリア機が1機だけイタリア・日本間の往復に成功している。まだドイツがソ連領深くに侵攻していた時期だったので何とか航続距離が足りたのだ。しかし当時日本にとって中立国だったソ連領をかすめていたため、東京に着いた事は秘匿されたため大歓迎されると思っていたイタリアは怒って帰った。この話は酷く印象に残るイタ公らしいエピソードだ。
 この本は1973年に書かれているが、解説で半藤一利氏が明らかにしている様に吉村氏は当時を知る関係者から詳しく聞き取り調査をして書いている。詳細に関しては最近の研究結果と違うこともあるのかもしれないが物語として説得力は時代を超えている。吉村氏は当時を知る人が亡くなって聞き取り調査が出来なくなって以降は太平洋戦争に関する書物を書かなくなったというからリアリズムに徹している。それが1973年に書かれた作品なのに言葉遣いにおいてさえ全く古さを感じさせない理由なのかもしれない。
 日本潜水艦は当時のドイツさえも驚かせる程の高性能だったが、その一方で備え付けのゴムボートはドイツ側がコンプレッサーで一瞬のうちに膨らむのに日本側はふいごで海軍の誇りを保つため慌てて隠したなんていうエピソードは日本海軍の本質をさりげなく突いている。この日独潜水艦交流は結果的に無事に往復出来たのはわずか1隻のみ。最後の方に日本海軍潜水艦全体についても書いてあるが大戦で使われた潜水艦は約200隻近いが終戦時に残っていたのは69隻。日独交流潜水艦を主題としているが日本海軍潜水艦隊への鎮魂歌の様な本だった。もうこんな本は書きたくても書けない。この様な本を残して下さった吉村昭氏には感謝の意を捧げたい。

追記)この本にも出てくるドイツから回航に成功したドイツ潜水艦U-511、日本海軍名「呂五00」は2018年7月舞鶴沖海底で発見された。